合気道について


合気道は、二十世紀の前半に、日本の数十種類の子武道をもとにして創始された武道です。創始者の名前は植芝盛平翁先生で、合氣道の文献では「開祖」と呼ばれています。

合気道を言葉で紹介することは難しいです。百聞より一見ということで、自分の目で見て、幸運なら達人に触れることができたら、すぐにわかると思います。

  合気道が柔道と、柔術と、あるいは空手道と似ていると、合気道を簡単に紹介しようとする人がたくさんいます。しかし、それらと大きく異なるところがあります。合気道が他の武道と異なる点は考える人によって違うが、自分としては以下の数点をあげたいと思います。

-他の武道では、やっている者がどれぐらい強くなっているかという尺度は試合の結果となります。合気道では、試合がありません。合気道をする者は、自分自身の体の弱さ、癖、恐怖心や傲慢さなどの限界を克服しようとするのです。
-柔道などでは投げ技、関節技、空手道などでは打撃などをしようとするとき、腕など上半身の使い方が主になっているが、合気道では下半身の使い方に重点をおいています。
-極端な表現かもしれないが、空手道では「今、打とうとする相手の体の部分」に、柔道では、「今か技をかけようとする部分」に集中するのですが、合気道では常に相手の全体を把握するようにしています。

もっとも、高段者レベルになると、もっと統一した理解の仕方ができるようになるかもしれません。

 合気道の技は、空手道を長くしてきた人、または格闘技の映画をたくさん見てきた人には、優れた者が、あまりにも格差のある下手な人が殴ろうとしたときや捕まえようとしたときにする豪快な投げ技や極め技にイメージ的によく似ているのではないかと思われます。

  人は入門してすぐに、ボクシングや空手道で打撃をたくさん練習してきた相手を投げるようになることは簡単ではありませんが、合気道を稽古する人間はこのような相手と一つに
なるような、流れるような形を心がけているのです。このような、流れるような技をあるレベル以上習得した合気道家が
相手を投げるときは、見る人は受けがわざと動きに従っていっているような、やらせのような印象を受けることもあります。実際に、相手が素直な場合、または相手の技の受け方がうまい場合、取りが一層うまく見えるものです。合気道を始めようとする者は、似て非なるものを区別するように、何とかしないとなりません。だから、どこかのクラブに入ろうとするときは、インターネットのHPで掲載されているビデオのみ、ましてや文章などのみをもとに選ぶのはよくありません。できることなら、近くにある道場を全部回って、自分の手で指導者に触れてから決めると良いです。

 合気道に試合がない以上、合気道を「する」というのは、取りと受けの立場をある程度固定した上で、稽古をするか演武をするかしかないことになる。
-稽古とは、指導者に見せてもらったある技を参考に、自分の形を磨くことです(一般の練習)。
-演武とは、自分の技を、他人が形として参考にするために見せることです(たとえば受験、指導)。

すなわち、形は技を理想化したもので、技は、形が相手や環境などの千差万別によって実現した形であるといえるでしょう。稽古と演武の割合はレベルによって異なるかもしれないが、どちらかが全くないと正常に進歩できません。

財団法人合気会
ルーマニア「合気会」合気道協会

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